マリア・レッサwiki!大学や経歴、性別や結婚や子供は?【ノーベル平和賞】

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2021年のノーベル平和賞を受賞したマリア・レッサさんをご紹介します。

マリアレッサさんの経歴やプロフィールをご紹介しながら大学やキャリア、ご家族や結婚、子供、旦那さんについても調査!

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マリア・レッサさんノーベル賞受賞報道内容

今年のノーベル平和賞が先ほど発表され、フィリピンとロシアのジャーナリストのマリア・レッサ氏とドミトリー・ムラトフ氏が選ばれました。
 平和賞に選ばれたのはロシアの新聞『ノーヴァヤ・ガゼータ』の編集長ドミトリー・ムラトフさんとフィリピンのメディア「ラペラ-」の創設者マリア・レサさんの2人です。
 ノーベル賞委員会は2人が民主主義と平和の前提である表現の自由を守ることに貢献したとしています。

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マリア・レッサさんのwiki的プロフィール

Maria Ressa(マリア・レッサ)
性別:女性
誕生日:1963年10月2日(2021年時、58歳)
国籍:フィリピン
職業:ジャーナリスト
星座: 天秤座
生まれ:マニラ
書籍:
2003年「テロの種:東南アジアのアルカイダ最新作戦センターの目撃証言」
2013年に「ビンラディンからFacebookへ10日間の誘duction、10年のテロ」

マリア・レッサさんのメディア「ラペラ-」(ラップラー)とは?

https://heisei35.hateblo.jp/entry/2020/06/22/120929

マリアレッサさんが最高経営責任者(CEO)を務める「ラペラー(ラッペーラー)」は

フィリピンのドゥテルテ政権と対峙するニュースサイトで、ドゥテルテ政権の度重なる圧力を批判しています。

8年前に書いた記事が政権への批判、名誉毀損とされ、有罪判決を受けたこともあるそうです。

具体的な罪名は・・「サイバー犯罪法違反」(ネット上の名誉毀損の罪)

政権の弾圧を受けながらも

「民主主義の基礎である報道の自由のため屈してはならない」

とメッセージを送っています。

【インタビュー】「ラプラー」編集長 マリア・レッサ氏 Interview with Maria Ressa, Rappler executive editor / シリーズ「プレスの自由のために」
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マリア・レッサさんの幼少期と学歴・大学がすごい!

マリアA.レッサさんは1963年10月2日にフィリピンで生まれました。

少々複雑な環境で生まれておりますが、簡単に説明しますと…

  • 母親が18歳のときにマニラで生まる
  • レッサの父親は、1歳のときに亡くなっている
  • 母親は娘と妹を父親の家族に残し、アメリカ合衆国に移り
  • イタリア系アメリカ人の男性と結婚(レッサは継父に養子縁組され継父の名を引き継ぐ)

10歳のときにご両親と一緒にアメリカのニュージャージー(トムズリバー)に引っ越したため、マリアレッサさんはアメリカで英語を習得しながら勉学にも励んだそうです。

意外なことにマリア・レッサさんは音楽に造詣が深く、子供の頃から

・ピアノや鍵盤打楽器など、約8種類の楽器を演奏していたそうです。

そして、大学はプリンストン大学(分子生物学と演劇を専攻)、1986年に英語の学士号と演劇とダンスの資格を取得して優秀な成績で卒業。

大学時代は演劇にのめり込んだり、バンドやバスケもしていたそうです。

そしてプリンストン大学を優等で卒業した後は、フルブライト奨学金(フルブライトフェローシップ)を授与され、1986年にフィリピンに戻りフィリピン大学ディリマン校で修士号を取得、劇作家になろうと考えていたそうです。

フルブライト・プログラム(Fulbright Program)は、アメリカ合衆国の学者、教育者、大学院生、研究者、各種専門家を対象とした国際交換プログラム、および奨学金制度(フルブライト奨学金, Fulbright Fellowships and Fulbright Scholarships)の総称

マリアレッサさんはご自身の幼少期と学生時代についてこのように語っています。

引っ越しは偶然でしたが私の家族は戒厳令が宣言された時にフィリピンからアメリカに引っ越しました。そして私はアメリカで育ちました。

アメリカの学校で、英語の演技、ダンス、分子生物学を学びました。

自分のフィリピン人としての意味がわからなかったので、大学卒業後は自分のルーツを辿るために奨学金をもらって帰国しようと思いました。そして、私はフルブライト奨学金で政治劇をやろうと思っていましたが、政府のテレビ局でニュース番組の仕事に就くこととなりました。

https://www.indiantelevision.com/interviews/y2k3/anchor/mariaressa.htm
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マリア・レッサさんのジャーナリストとしての経歴や受賞歴

マリア・レッサさんは、1980年代後半に象徴的なニュースプログラム「60 Minutes」でジャーナリズムのキャリアを始め、PTV-4のニュース部門で働くなどし、ジャーナリストとしてキャリアを積んでいきました、

そしてその後に、有名なテレビジャーナリストダイアンソーヤーのプロデューサーになったそうです。

その後のジャーナリストとしての経歴の遍歴はこちら

  • 1988年〜CNNのマニラ局長に就任
    (CNNの局長の地位を保持した史上最年少の人物だった)
    (17年間アジアにおけるネットワークの主要な調査記者であった)
  • 1995年〜CNNでジャカルタ局長を務める
  • 2005年〜チャンネル2のトレーニングコンサルタントとしてABS-CBNニュースおよび時事部門に加わる
  • 2005年4月にバンコクで開催された国際テロ会議に参加
  • 2010年後半まで、ABS-CBNの部門長を務める
  • 2012年、彼女はオンラインニュースサイト「Rappler」を共同設立
マリア・レッサさんの受賞歴

2010年…「エスクァイア」誌によってフィリピンで「生きている最もセクシーな女性」に
2015年…第29回「PMPC Star Awards for Television」でフィリピン映画記者クラブによる「放送生涯功績賞」を受賞
2017年の…「National Democratic Instituteの民主主義賞」を受賞(Rapplerを代表し)
2018年…「ゴールデンペンオブフリーダムアワード」を受賞
2018年…タイムの「年間最優秀人物」を受賞(フィリピン人としては2番目)

マリア・レッサさんの驚きの影響力と人脈

ここに、あまり知られていないという情報があります。

なんと、マリア・レッサさんのジャーナリズムはあの、オサマビンラディンに影響を与えていたというのです。

海外のサイトの情報によると、マリア・レッサさんの報道のビデオテープがアフガニスタンのオサマビンラディンの隠れ家で見つかったという事実があるそうです。

2000年、ジャカルタのフィリピン大使の爆撃の後、彼女はモロイスラム解放戦線の調査を開始し、グループをアルカイダに最初にリンクさせました彼女は後に、2003年の本「恐怖の種:東南アジアのアルカイダの最新作戦センターの目撃証言」で発見を発表しました。

https://ja.celeb-true.com/maria-ressa-filipina-journalist-businesswoman-author-global-terrorism

さらに、マリアレッサさんの卒業した大学、プリンストン大学では、元米国のファーストレディであるミシェルオバマが同級生だったそうです。

すごいですね!

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マリア・レッサさんのご家族や旦那、子供はいる?

一見男性かと見間違ってしまうマリア・レッサさんですが、女性です。

しかも若い頃のマリアレッサさんはとても綺麗です。

こんなにキュートな外見で才女とあれば、同じ業界の人や活動家と結婚していそうな気もしますが

今のところ調べても結婚や旦那、子供の情報は出てきません。
海外のサイトを見てもそのような情報がないので、ご結婚はされていないかと思われます。

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