背景画家の怪物島倉二千六は誰?経歴やすごいところまとめ!

文化・芸術

「大物監督がこぞって仕事を依頼する映画界の怪物」と題して「有吉×怪物」で背景画家の怪物Sさんが登場しました!

黒澤明監督も惚れ込んだ一人という怪物Sさん。黒澤監督よりも10歳年下とのこと。

黒澤明監督の「まあだだよ」の最後の夢の中に出てきた雲のシーンを書かれた人とのことで、私も興奮!(なぜなら「まあだだよ」が大好きだから!)。

「まあだだよ」は私も大好きな映画!
ラストの空の絵は画集で見るくらい大好きで

インパクトのあるものでした、
それを書いた人がすごい人物だったとは!

ということで、今回は「有吉×怪物」に出演された背景画家の島倉二千六さんについてご紹介したいと思います!

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島倉二千六さんの経歴とプロフィール!

「有吉×怪物」

島倉二千六(ふちむ)さんのwiki風プロフィール

名前:島倉二千六(しまくら ふちむ)
別名:島倉仁
出身:新潟県水原町出身
生年月日:1940年生まれ
職業:日本の特撮映画の背景専門の絵描き。
雲の表現に定評があり、雲の神様と称される。

工房:「アトリエ雲」
弟子:妹尾河童の息子・妹尾太郎(タローアート)など

1992年に日本アカデミー賞協会特別賞
1996年にNHKスペシャル「生命」(1994年放送)にて国際エミー賞
2005年に文化庁映画功労賞
2008年に倉林誠一郎記念賞を受賞
第50回『映画の日 永年功労賞』選出
2015年には内閣総理大臣賞(ものづくり日本大賞)受賞

島倉二千六さん(しまくらふちむ)さんのストーリー

「有吉×怪物」

現在81歳の島倉二千六さん、

子供の頃から絵が得意で、中学のときには新潟県の展覧会に入選されたり、文部大臣賞、郵政大臣賞受賞するなど、学生時代から絵の才覚を表していたそうです。

中学校卒業後には看板屋で務めた後、お兄の誘いで
1957年に上京し独立プロへ入社されます。

この時のエピソードは「17歳の時に東京に出て、背景画の雲に感動したのがきっかけで、背景画家になった」と語られています。

そして1958年の映画『怒りの孤島』から背景美術に携わられ、
1959年に映画『日本誕生』の現場を見学した際に特撮技術課長の末安昌美から誘いを受け、
1960年に東宝の契約社員となられたそうです。

1981年に東宝を退社してからもフリーで仕事を続けられており、

島倉二千六さんは現在81歳ですが、60年近くに渡って背景画家として映画・特撮テレビ番組・CMなどで活躍されています。

今でもオファーが来られるようなので、それだけ長く続けられるというのも体力的にもすごいですし、(一度描き出すと通しで描くことになる)オファーを受け取る際も感性が鈍っていない点などもすごいですよね!

まさに雲を書く天才と言えますね!

ご自身のお仕事については、

「撮影所の仕事影の中の影、こういう番組に出させれもらえて光栄です。」

とおっしゃられており、ものすごく謙虚な方だと思いました。

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島倉二千六さんの作品が観られる場所

もし島倉さんの描く空がみたかったら、

「新横浜ラーメン博物館」

に行くと観られるようです。

「有吉×怪物」

島倉二千六(しまくらふちむ)さんのすごいところ

  • 様々なアーティストが背景を依頼
  • 手書きで2日くらいで書いてしまう
  • 下書きせずに直で書く(下書き書いたらデッサンの跡が出てしまう)
  • 全て一人で書いてしまう

島倉さんのすごいところは、こういった背景画を頼まれる際の打ち合わせも、ほとんど時間がかからず、細かくオーダーしないほうがいい作品ができるそうです。

作品のイメージや必要な背景のイメージを直感的に掴むのでしょうね!

このサイズの背景を一人で書いてしまわれるそうです。

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島倉二千六さんの雲の描き方

まず、アクリル絵の具を用意します。
そして、下書きはせず、ベースの空の色の上に、雲の色(しろ)で雲の輪郭をうっすら描きます。

それから雲の光の当たっている部分(明るい部分の色をのせていきます)

次に雲の陰となる部分の色をのせます。

さいごはエアブラシで吹いてぼかしていきます。

ここでは色をつけるというよりも、色の境やムラを取るためにエアブラシで吹いているようです。

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